G.の備忘録

音楽と読書と映画と散歩と、

食べログ3.5が何だって言うんだ

前回からそこそこ空いてしまいました。

言い訳なんですが、出張で福岡に行ってたんです。

 

せっかく福岡に行ったので美味しいものを食べたい僕は「博多 グルメ」なんて検索かけて美味しいものを探しました。

僕はこういうときはだいたい食べログ派。

もう食べログのアプリさえ入れてしまえば本当に便利で食べログ様様って感じです。

 

ちなみに僕の食べログの使い方は

①地図とジャンルで良さげな店をいくつかピックアップ

②写真とメニューを見て店を決定(点数はほとんど見ない)

って流れ。

 

前置きが長くなりましたが、こんな感じに僕は食べログユーザーな訳です。

ですが、グルメ気取りの食べログ信者とは一緒にされたくないんです。

 

ここで言う食べログ信者っていうのは「食べログ3.5だから大丈夫」みたいに食べログの点数をほとんど絶対視するような人。

 

仕事で使う店を決めるときとかこんな人いませんか?

いない場合、今回は僕の滑稽なシャドーボクシングになります。

 

食べログの評価が高い。だから何だ?」って僕は思うんです。

そもそも他人がその価値観に基づいて付けた評価なんだから、人によって重視する点は違う。それにどのくらいのサービスをして☆5とするかなんてものもバラバラ。

それをまた自分の価値観で受け取るんだから他人の付けた評価なんてほとんどアテにならないと僕は思う訳です。

(あれはあくまで自分が行った記録として自分のために残すものだと思う。)

 

その上で誰かの評価を気にするのは、誰かが言った美味しいを美味しいと思い込んで食べてるみたい(に見られそう)で嫌なんです。

僕は他人の評価を気にせず自分で考えて決断したいし、少なくとも自分をそういう人間だと思って生きていたい。

 

それに既にできてる行列に並ぶより、自分が入ってから店が混みだしたときに湧く謎の優越感を感じていたい。

 

だから他人の言ったことを鵜呑みにして知ったような顔をするグルメ気取りの食べログ信者と一緒にされたくはない。

僕の妄想が生み出した食べログ信者のイデアと闘っている気もするし、独りよがりな自己主張ではあるんですが。

 

久しぶりに書いたと思ったら攻撃的になってしまった点はすみません。

博多で入ったラーメン屋の点数が高かったので、職場の人に食べログ信者のように扱われたのが悔しかったんです。

tabelog.com

実際めちゃくちゃ美味しくて、僕が今まで食べた豚骨ラーメンで1番美味しかったです。

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割と偏見でディスってしまった部分もあるけど、その手の人だって(いればですが)ある意味""他人を最初から信用できて、ものごとを肯定的に見れる人徳のある人""と言えるかもしれない。

 

そして僕は「ものごとを疑う自分」に酔う心に厨二の闇を抱える者なのかもしれない。(無限ブーメラン)

 

ギャー